深夜の交差点で、俺は信号が変わるのを待っていた。
雨が降り始め、アスファルトの上に水滴が弾け、街灯の光を反射させていた。午前二時、この時間に外を歩いているのは俺だけだった。周りには誰もいない。ただ赤信号の光だけが、雨に濡れた道路に赤い血のように広がっていた。
「赤だからな」と俺は自分に言い聞かせた。
でも、この交差点には何かがある。十年前、この場所で友人の健太が交通事故で亡くなった。赤信号を無視した車に轢かれたんだ。その夜も今夜のように雨が降っていた。
「もうすぐ変わるよ」
背後から声がした。振り返ると、透き通るような青白い顔をした少年が立っていた。健太によく似ている。でも、彼は十年前から歳を取っていない。
「健太…?」
少年は微笑んだが、目は悲しげだった。
「赤は待つためにあるんだ」と彼は言った。「でも、人は待てない。だから、俺はここにいる」
信号は赤いままだった。いつもならとっくに変わっているはずの時間が過ぎていた。
「何を待っているの?」と尋ねると、少年は交差点の向こう側を指さした。
そこには車が一台、エンジンを切って止まっていた。気づかなかった。ヘッドライトも付いていないし、誰も乗っていないように見える。
「あの車を待っているんだ」少年は答えた。「毎晩、同じ時間に来る。でも、誰も乗っていない」
「なぜ?」
「時間が止まっているから。あの瞬間で」
雨がさらに強くなり、俺の視界を曇らせた。少年の姿がぼやけていく。
「健太、あの夜、何があったの?」
少年は答えなかった。代わりに、信号機を見上げた。
「赤は待つためにある。でも、誰もが待てるわけじゃない。時には、時間そのものが待っている」
信号が突然、緑に変わった。しかし、反対側の車は動かなかった。
「行けるよ」少年は言った。「でも、気をつけて。時間の隙間に落ちないように」
俺が交差点を渡り始めると、雨の中で少年の姿が薄れていった。交差点を半分ほど渡ったとき、背後でエンジンの音が聞こえた。振り返ると、あの車のヘッドライトが突然点灯し、車が動き出していた。
でも、その車を運転しているのは、十年前の自分だった。
俺は凍りついた。あの日、健太を迎えに来たのは俺だった。しかし、遅れそうで焦っていた俺は、この交差点の手前で彼に電話をしていた。「もう少し待っていてくれ」と。
そして健太は、俺を待っている間に事故に遭った。
信号機は再び赤に変わった。そして俺には分かった。赤信号は単なる停止の合図ではない。それは時間の糸が絡まった場所を示す印なのだ。そして俺たちは皆、自分が気づかないうちに、誰かを永遠に待たせている。
交差点に立ち尽くす俺の前で、信号機は無言で赤い光を放ち続けた。あの夜から、健太はずっとここで待っていたのだ。そして多分、これからもずっと。
雨の中、俺は交差点で立ち止まり、赤信号と共に時を待った。許しを請うように。