【怖い話】循環する美

梅雨の終わり、静かな転校生、詩織さんが我が校に現れた。長い黒髪と白い肌、完璧な顔立ちの彼女に、クラスの男子たちは皆、心を奪われた。しかし、私には彼女の美しさの奥に潜む何か異質なものが見えた。彼女が微笑むとき、その目は笑っていなかったのだ。

ある日、詩織さんは私に声をかけてきた。「佐藤さん、放課後、美術室に来てくれない?」断る理由はなく、私は承諾した。放課後、美術室に向かうと、彼女は水彩画を描いていた。赤と黒だけを使った奇妙な絵。よく見ると、それは人間の体が渦を巻くように溶け合う姿だった。

「私の本当の姿を見てみる?」彼女がふと言った。その瞬間、彼女の首筋に奇妙な模様が浮かび上がるのを見た。まるで皮膚の下で何かが蠢いているようだった。恐怖に駆られて逃げ出そうとした私の手を、彼女はしっかりと掴んだ。

「大丈夫、痛くないわ」と詩織さんは囁いた。「私はただ、完璧な姿を求めているだけ」

次の瞬間、彼女の顔が溶け始めた。皮膚が液状になり、その下から別の顔が現れる。そして体も。しかし現れたのは完全な詩織さんではなく、部分的に歪んだ、不完全な姿だった。

「私は再生するの。でも完璧になれない。あなたの美しさが必要なの」

気づくと彼女の体の一部が私の足首に巻きついていた。ぬめりとした感触。皮膚が溶ける灼熱感。意識が遠のく中、彼女の声が聞こえた。

「あなたの一部になれば、私はもっと美しくなれる。あなたもその美しさの一部になるのよ」

三日後、私は病院のベッドで目覚めた。両親は涙を流して私の回復を喜んだ。詩織さんのことを尋ねると、そんな生徒は最初からいなかったと言われた。

退院して学校に戻ると、新しい転校生が来ていた。彼女は私によく似ていたが、どこか違う。完璧すぎる美しさを持っていた。

そして私は気づいた。鏡に映る自分の首筋に、見覚えのある模様が浮かび上がっていることに。

夜、その模様が熱を持ち始めた時、私は理解した。詩織は私の中で再生していたのだ。そして私はやがて消え、新たな詩織の一部となる。彼女の永遠の美の探求の中で、私は単なる通過点に過ぎなかったのだ。

今、この文章を書きながら、私の意識は徐々に詩織へと変わりつつある。美しさを求めるその渇望が、私の内側から広がっている。

次は誰の体を借りるのだろう?それとも、私と詩織の混合体は、ついに完璧な美を見つけるのだろうか?

完璧なものなど、この世に存在しないというのに。

私の手が震える。鏡の中の自分が、私ではない誰かを見つめている。詩織の意識が私の中に深く根を下ろし、私の思考を侵食し始めている。彼女の記憶が私の記憶と混ざり合い、どこまでが私で、どこからが彼女なのか、わからなくなってきた。

「美しくなりたい」という願いが、私の心を満たす。それは私の願いなのか、それとも詩織の願いなのか。もう区別がつかない。

窓の外には新しい転校生が立っている。彼女は私を見つめ、不気味な微笑みを浮かべる。私は彼女に手を振り返す。そして気づく。私の手が、詩織の手のように白く、完璧な形をしていることに。

この循環は永遠に続くのだろうか。それとも、誰かがこの連鎖を断ち切ることができるのだろうか。私にはもうわからない。ただ、美しさを求める欲望が、私を、そして詩織を、永遠に駆り立て続けることだけは確かなのだ。

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