時を告げる者
私の住む街には、時計台がない。 しかし、時を告げる者はいる。
それに気づいたのは、引っ越してきて三ヶ月が経った頃だった。夜中に目が覚めると、壁の向こうから聞こえる規則正しいノックの音。
コン、コン、コン。
最初は隣人の仕業だと思った。深夜に何か作業でもしているのだろうと。しかし音は毎晩、正確に午前三時に始まり、必ず七回鳴った後に止んだ。
不思議に思った私は、ある夜、音の主を確かめるために廊下に出た。するとノックは隣室からではなく、廊下の突き当たりにある古い壁時計から聞こえていることに気がついた。
しかし、その時計は動いていなかった。針は十二時で止まったままだった。
「おかしな話だよ」 地元の古道具屋の老人は、私が時計の話をすると首を傾げた。 「あの時計台は五十年前に壊れたままだ。修理しようとした者は皆、奇妙な夢を見て諦めたという」
その夜から、私は時計の秘密を解き明かそうと決めた。 時計を開けてみると、内部の機械はきれいに保たれ、錆一つなかった。しかし、針を動かすための歯車だけが失われていた。
調査を続けるうち、私はこの街の歴史を知ることになった。 五十年前、この街では時間にまつわる奇妙な出来事が起きていた。時計が狂い、約束の時間に誰も現れず、電車は時刻表通りに来ない。そして、人々は少しずつ「時間」という概念を失っていった。
ある日、街の時計職人が「時を正す」と宣言し、街の中心に大きな時計台を建てた。しかし完成直前、職人は忽然と姿を消した。それ以来、毎晩三時になると、時計台から七回のノックが聞こえるようになった。そして不思議なことに、街の時間は再び正常に流れ始めたという。
「時を告げる者の正体は、職人の魂かもしれない」と老人は言った。「あるいは、時間そのものかもしれんな」
やがて私は、七回のノックの意味を探るようになった。 七という数字。七日間、七つの大罪、七つの海…
答えを求め、私は時計の内部に手を入れ、欠けた歯車の代わりに自分の懐中時計の部品を取り付けてみた。
その瞬間、時計の針が動き出した。しかし奇妙なことに、針は逆回りに進み始めた。
その夜、私は時計の前で眠りに落ちた。 夢の中で、私は見知らぬ職人と向き合っていた。
「時間は円環だ」と職人は言った。「過去も未来も、実は同じ場所を指している。人は前に進んでいるつもりでも、実は同じ場所をぐるぐると回っているだけなのかもしれない」
目が覚めると、時計の針は正常に動いていた。そして、ノックの音は消えていた。
安堵したのも束の間、私は奇妙な変化に気づき始めた。 街の人々が私を見る目が変わった。彼らは私に話しかけるとき、どこか遠くを見るような目をしていた。
そして、最も恐ろしいことに、私の影が消えていた。
ある日、古道具屋を訪ねると、店主は私を見て驚いた顔をした。
「あなたは…」老人の声は震えていた。「五十年前に消えた時計職人にそっくりだ」
私は慌てて家に戻り、鏡を見た。 そこに映っていたのは、私の顔ではなかった。
その夜から、私の部屋からもノックの音が聞こえるようになった。 しかし今度は、三時ではなく、あらゆる時間に。そして七回ではなく、無限に続くノック。
コン、コン、コン、コン…
私は理解した。時を告げる者になったのは、私自身だということを。
今では私も、職人と同じ運命をたどっている。時間の歯車の一部となり、永遠にノックを続ける存在。
もし深夜、壁の向こうから規則正しいノックが聞こえたら、それは私かもしれない。 時間という幻想の中で迷う魂の、小さなシグナル。
そして、もしあなたがその音の正体を探ろうとするなら、忠告しておく。 時計の内部を覗き込むとき、あなたもまた時間に飲み込まれるだろう。
永遠のノックを続ける、もう一人の「時を告げる者」として。