【怖い話】螺旋の街

私が引っ越してきた海辺の町は、どこか異様だった。

最初に気づいたのは、町の形だった。地図で見ると、道路が中心から外側へ向かって緩やかに広がる螺旋状に配置されている。「創設者の趣味です」と不動産屋は笑っていたが、実際に歩いてみると方向感覚が狂いそうになる。どの通りも微妙に曲がっていて、まっすぐ進んでいるつもりが、いつの間にか元の場所に戻ってきてしまう。

引っ越して三日目、隣に住む老婆が挨拶に来た。彼女の顔には奇妙な特徴があった。皺が通常の年齢による物とは思えない規則性を持ち、頬から顎にかけて螺旋状に刻まれていたのだ。「この町は、あなたを受け入れるわ」と彼女は言った。その言葉に違和感を覚えたが、私は礼儀正しく応対した。

一週間後、私は町の公園で奇妙な光景を目にした。子供たちが遊具の周りを回っていたが、よく見ると彼らは同じ動きを繰り返していた。まるで時間が螺旋状にループしているかのように。私が声をかけると、子供たちは一斉に振り向き、無表情で私を見つめた。彼らの瞳の中には、小さな渦が見えた気がした。

その夜から、私の夢にも螺旋が現れるようになった。初めは小さな渦だったものが、夜ごとに大きくなり、やがて私の体を飲み込むようになった。目覚めると、シーツが体に巻き付き、螺旋状になっていることに気づく。

二週間目、町の食料品店で不思議な缶詰を見つけた。ラベルには「特産 渦巻き貝の煮込み」と書かれていた。店主は「町の名物です」と勧めてきた。家に帰って缶を開けると、中には螺旋状に巻かれた何かの肉が入っていた。貝には見えなかったが、空腹だった私はそれを食べた。

翌朝、鏡で自分の顔を見ると、右耳が少し変形していることに気づいた。耳たぶが内側に巻き始めていたのだ。恐ろしくなった私は、町の診療所を訪ねた。

「何も心配することはありません」と医師は言った。彼の聴診器は奇妙な形をしていて、チューブが必要以上に長く、螺旋状に巻かれていた。「この町に住む者は皆、いずれ町の一部になります」

恐怖に駆られて町を出ようとしたが、どの道を選んでも同じ場所に戻ってきてしまう。バス停には長い列ができていたが、よく見ると同じ人が何度も並んでいるように見えた。タクシーを呼ぼうとしたが、電話からは奇妙な音だけが聞こえた。

一ヶ月後、私の体には変化が現れていた。指が少しずつ巻き始め、髪の毛は渦を描くようになった。最も恐ろしかったのは、皮膚の下で何かが動いているような感覚だった。まるで血管が新しい道筋を作り、螺旋状に体を巡っているかのように。

ある朝、天井から滴る水滴で目が覚めた。見上げると、天井一面に渦巻き模様が浮かび上がっていた。壁も床も同じだった。家全体が巨大な渦になっているようだった。

窓から外を見ると、町全体が変容していた。建物は螺旋状に歪み、道路は中心に向かって吸い込まれていくように見えた。空には巨大な渦巻き雲が広がり、海からは巨大な水の柱が立ち上っていた。

今、私は日記を書いている。文字が自然と渦を描くように歪んでいく。窓の外では、町の人々が大きな輪になって歩いている。彼らの体は徐々に変形し、互いに溶け合いながら、巨大な螺旋を作り出している。

私の体も、もはや人間の形を保っていない。指は長く伸び、体は内側に巻き込まれていく。痛みはないが、恐怖はある。

これが最後の記録になるだろう。明日には、私もこの螺旋の町の一部となる。

そして町は、また新しい住人を迎え入れるのだろう。永遠に続く螺旋の中で。

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