「電柱が増えている」
中学二年生の南雪は、母親にそう告げた。通学路に立ち並ぶ電柱の数が、日に日に増えているのだと。
母親は「気のせいよ」と笑った。電力会社が突然電柱を増設するわけがない。
だが雪には確かに見えていた。昨日まで十本だった電柱が今日は十一本に。そして不思議なことに、新しく現れる電柱はいつも真新しく、表面が妙に白い。まるで石膏で作られたかのように。
誰にも信じてもらえない雪は、写真を撮ることにした。毎朝、同じ場所から通学路の電柱を撮影する。一週間後、写真を見比べると明らかだった。確かに電柱は増えている。
十本、十一本、十三本、十七本、二十三本…
指数関数的に増える電柱。しかも不規則な間隔で立ち、中には道路の真ん中に突然現れたものもある。それなのに、車は普通に通り過ぎ、誰も気にしていない。
雪だけが見えているのか。
ある日の放課後、雪は友人の小林と下校していた。例の通学路に差し掛かると、そこには三十本以上の電柱が林立していた。道幅いっぱいに広がり、まるで森のよう。
「ねえ、この電柱、おかしくない?」
小林は首を傾げた。「何が?」
「だって、こんなに密集してるよ。しかも増えてる」
小林は心配そうに雪を見た。「大丈夫?ここに電柱は五本しかないよ」
雪は凍りついた。小林の目には五本しか見えていない。本当に自分だけなのか。
その時、雪は気づいた。新しく現れた電柱の一つが、わずかに動いたのだ。上部が雪の方へと傾いている。まるで見つめているかのように。
恐怖で足がすくみ、小林に「先に帰って」と告げて、その場に立ち尽くした。
薄暮の中、電柱の影が長く伸びる。そして雪は電柱の正体を見た。
それは電柱ではなかった。
人間の形をしている。腕も脚もあるが、全身が電柱のような質感で覆われ、頭部には碍子のような突起がある。そして何より恐ろしいのは、全身に開いた無数の目だ。瞳孔のない白い目が、雪を凝視している。
「あなただけが私たちを見える」
声が聞こえた。電線を伝う風のような声。
「私たちは観測者。あなたの世界を調べにきた」
雪は震える声で尋ねた。「な、何のために?」
「この星を取るため」
翌朝、雪は高熱で学校を休んだ。母親は心配そうに彼女を見守る。「昨日、道端で倒れていたのよ。何があったの?」
雪は電柱の話を諦めた。誰も信じないだろう。窓の外を見ると、昨日より明らかに電柱が増えている。家の前の道路は電柱だらけだ。そして、窓の真正面に一本。
夜になると、その電柱が動き出した。人の形になり、窓の前まで歩いてくる。無数の目が雪を見つめている。
「来たれ」
その夜、雪は姿を消した。母親が朝起きると、娘のベッドは空っぽだった。窓は開け放たれ、外には白い粉が散らばっている。
捜索が続いたが、雪は見つからなかった。
それから一ヶ月後。小林は登校途中、奇妙な電柱に気づいた。昨日までそこになかったはずの電柱。表面が妙に白く、石膏のよう。
よく見ると、電柱の表面には微かな模様がある。人の顔のような。小林は足を止め、近づいてみた。
それは雪の顔だった。苦悶に満ちた表情で、口は叫び声を上げるように開いている。そして恐ろしいことに、その目が小林を追うように動いた。
悲鳴を上げて逃げ出す小林。しかし家に着くと、窓の外に新しい電柱が立っていた。表面は白く、妙に人の形に見える。
小林は翌日から学校を休み始めた。高熱だという。そして一週間後、姿を消した。
町では次々と子供たちが失踪する。そのたびに、新しい電柱が現れる。石膏のように白い電柱。表面には顔のような模様がある。
やがて大人たちも気づき始めた。電柱の数が増えていることに。しかし理由は分からない。電力会社に問い合わせても「設置記録はない」との回答。
ある科学者が電柱を調査しようとした。表面をハンマーで叩くと、中から赤い液体が溢れ出た。分析の結果、それは人間の血液だった。
町全体がパニックになる中、ある夜、すべての電柱が動き出した。人の形になり、家々に侵入し始める。無数の目を持つ白い人型。彼らは「観測」を終え、「収穫」を始めたのだ。
翌朝、町は空っぽになっていた。住民は一人残らず姿を消し、代わりに何千もの電柱が立ち並んでいた。すべて石膏のように白く、表面には人間の顔が浮かび上がっている。
そして今、あなたの町にも、妙に白い新しい電柱が増え始めているかもしれない。しかもあなただけにしか見えない。それが見えたなら、もう逃れられない。彼らはあなたを見つけた。観測者たちが。