【怖い話】鳴らないサイレン

私の住む町では、毎月第一月曜日の正午に防災サイレンが鳴る。変わることのない日常の一部として、誰もが慣れた音だった。しかし先月の第一月曜日、サイレンは鳴らなかった。

その日、町中が騒然となった。役場に問い合わせる人、故障を指摘する人、しかし係員はいつも通りサイレンを鳴らしたと主張した。操作室の記録にも「正常作動」と記されていた。

「音が聞こえなかっただけだ」と多くの人は結論付けた。しかし、あれほど大音量のサイレンが突然聞こえなくなるなんて、私には不自然に思えた。

さらに奇妙なことに、その日を境に、町から人が消え始めた。最初に気づいたのは、隣家の老婦人だった。いつも庭で花を育てていた彼女の姿が見えなくなった。郵便受けにはチラシが溢れている。

警察に通報したが、「そんな人は元々住んでいない」という返答だった。しかし、私は確かに彼女と会話した記憶がある。写真も持っている。警察は写真を見て困惑し、「調査する」と言ったきり、連絡はなかった。

次の第一月曜日、再びサイレンは鳴らなかった。いや、正確には「私には」聞こえなかった。街に出ると、人々は平然と歩いている。試しに通りすがりの男性に聞いてみた。

「ついさっき、サイレン聞こえました?」

男性は怪訝な顔をした。「もちろん。いつもの通りだが」

翌日、あの男性が住んでいたアパートの部屋は「空室」になっていた。管理人によれば、「ずっと空室だった」という。

恐怖に駆られた私は、町の図書館で防災システムについて調べた。古い資料に、この町のサイレンシステムの特殊性について記載があった。

『本町の防災サイレンは、1958年の大災害後に設置された。通常の音波とは異なる’特殊な振動’で警報を発するよう設計されている。この振動は、人間の聴覚だけでなく、’存在の波動’にも作用する』

意味不明な記述だったが、続きがあった。

『重要:サイレンが聞こえなくなった者は、この世界の’周波数’から外れつつある。すでに別の’層’に片足を踏み入れている証拠である』

震える手で資料を返却し、家に帰ると、向かいの家族が引っ越しの準備をしていた。夫婦と子供二人、つい昨日まで挨拶を交わしていた家族だ。

「引っ越すんですか?」と尋ねると、夫が振り向いた。

「ああ、君も’聞こえない’のか」彼は悲しげに言った。「俺たち家族も先週から聞こえなくなった。時間の問題だ」

「どういう意味ですか?」

「この町には秘密がある」彼は低い声で言った。「サイレンは警報ではない。’存在証明’なんだ。聞こえる人は、この世界に確かに存在している。聞こえなくなった人は…消える」

その夜、彼らの家の明かりは消え、二度と灯ることはなかった。翌朝見ると、家は空き家になっていた。不動産の札もなく、まるで初めから建っていなかったかのようだった。

次の第一月曜日、私は町の中央広場のサイレン塔の下で待っていた。正午、人々が耳を塞ぐ様子が見えたが、私の耳には何も聞こえなかった。

その瞬間、私は理解した。私の体が少しずつ透明になっていくのが見えた。手を上げると、向こう側の景色が透けて見える。人々は私を避けるように歩いていた。いや、私の存在に気づいていないのだ。

帰宅途中、自分の姿が鏡に映らないことに気づいた。家に着くと、ドアノブに「空室」の札が下がっていた。

書類の山から日記帳を取り出し、最後のページに震える字で書き記した。

『サイレンが聞こえなくなった人は、次元から滑り落ちていく。私たちは消えるのではない。この世界から’見えなく’なるだけだ。もし誰かがこの日記を読んでいるなら、あなたにもサイレンが聞こえなくなる日が来るかもしれない。その時は恐れないで。私たちは別の層で待っている』

今日も町では第一月曜日のサイレンが鳴り、ほとんどの人々には聞こえている。しかし誰も気づかない。毎月少しずつ、人が消えていることに。

あなたはどうだろう。最近、何か聞こえなくなった音はないだろうか。

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