「この歩道橋、何か変だと思わない?」
友人の真由は、いつも通学路にある古びた歩道橋を指さした。雨上がりの夕方、鉄の骨組みが湿った空気の中で不気味に浮かび上がっていた。
「普通の歩道橋じゃん」と私は答えた。
「でも、渡るときに同じ景色しか見えないんだよ。おかしくない?」
真由の言葉に、私は首を傾げた。確かにこの歩道橋は長く、橋の上からは同じような住宅街が見えるだけだ。しかし、それがどうして奇妙なことなのか理解できなかった。
「明日、一緒に確かめよう」
翌日、私たちは意図的にこの歩道橋を選んだ。
階段を上り、歩き始めると、真由は突然立ち止まった。
「ほら、見て。あそこの赤い屋根の家、さっきも見たよね?」
確かに、私たちの左側には同じような赤い屋根の家が見えた。しかし、それは単なる偶然だろう。この辺りは似たような家が並ぶ住宅街なのだから。
「気のせいだよ」
しかし、歩き続けると不思議なことに気づいた。左手に見える街並みが、微妙に繰り返されているように思える。同じ赤い屋根、同じ形の木、同じ位置に止まっている車。
「おかしい…」
真由が呟いたとき、私も違和感を覚えていた。右側を見ると、そこにも同じ景色が広がっている。まるで同じ風景の中を歩き続けているかのように。
「早く渡り切ろう」
私たちは足早に進んだ。しかし、どれだけ歩いても橋の終わりが見えない。息が切れ始めたころ、ようやく出口の階段が見えた。
降りると、そこは見知らぬ場所だった。いや、見知らぬというより、どこか記憶から抜け落ちたような場所。確かに自分の街のはずなのに、全ての建物が左右反転しているように感じられた。
「ここ、どこ?」真由が震える声で言った。
家に帰ろうとしたが、道が分からない。全ての通りが知っているようで知らない。しかも、どの方向に進んでも、またあの歩道橋に出てしまう。
結局、再び歩道橋を渡るしかなかった。
今度は右側を見ながら渡ることにした。すると奇妙なことに気がついた。右側の景色は、渡る前に見ていた左側の景色と同じなのだ。しかし、どこか違う。家々の窓から覗く人影が、こちらを見ているような気がする。
橋の真ん中で、真由が悲鳴を上げた。
「あの家!私の家だ!でも…」
確かにそれは真由の家だった。しかし、窓から覗いている人影は、間違いなく真由自身だった。
恐怖に駆られて走り出した私たち。やっと橋を渡り切ると、そこは元の世界のように思えた。しかし、微妙な違和感は残っていた。
家に帰ると、母は普段と変わらず迎えてくれた。ただ、私の名前を呼ぶときの発音が、わずかに違っていた。
その夜、窓から外を見ると、遠くに歩道橋が見えた。そこには二人の少女が立っていて、こちらを見ていた。彼女たちの姿は、私と真由にそっくりだった。
次の日、学校で真由に会うと、彼女は昨日のことを全く覚えていなかった。
「歩道橋?あそこは工事中で通れないよ。もう何年も」
混乱する私に、真由は不思議そうな顔をした。
「大丈夫?何か勘違いしてるんじゃない?」
放課後、一人であの場所に行ってみた。確かに歩道橋はあったが、立入禁止の看板が立っていた。錆びついた階段に足をかけると、奇妙な既視感に襲われた。
階段を上ると、橋の向こう側に人影が見えた。近づくと、それは自分自身だった。
私たちは同時に手を伸ばした。指先が触れたとき、ガラスに触れるような感覚があった。そして理解した。
歩道橋は二つの世界を繋いでいるのではない。歩道橋自体が境界なのだ。そこを渡るとき、人は自分の鏡像と入れ替わる。
今、この文章を書いている私は、本当の私なのだろうか?それとも鏡の中から出てきた影なのだろうか?
もしあなたが不思議な歩道橋を見つけたら、渡る前によく考えてほしい。向こう側の世界で、あなたの代わりに生きることになるのは、本当にあなた自身なのかどうか。