【怖い話】適性という檻

私が最初に違和感を覚えたのは、適性検査の時だった。

就職活動も終盤に差し掛かり、内定獲得も目前というその日。大手企業A社の最終面接の前に行われた適性検査で、私は奇妙な質問に出会った。

「あなたは、あなたですか?」

画面に表示された質問を何度も読み返す。他の質問は極めて普通のものばかりだった。「チームワークを重視しますか」「リーダーシップを取れますか」――そんな誰もが見慣れた問いの中で、ただこの質問だけが異質だった。

選択肢は「はい」か「いいえ」の二択。

私は迷った末に「はい」を選んだ。そう、私は私に決まっている。そう思った。

それが、すべての始まりだった。

その日を境に、私は少しずつ変わっていった。いや、正確には「規格化」されていったと言うべきかもしれない。

最初は些細な変化だった。髪型が自然とスタンダードな就活生のそれになっていく。言葉遣いが、いつの間にか模範的な答えばかりになる。身だしなみが、完璧に「新卒採用基準」に適合していく。

友人が最初に気づいた。

「最近、どことなく変わったね」

そう言われても、私には自覚がなかった。むしろ、周りの方がおかしいのではないかと思っていた。だって、これが「正しい」姿なのだから。

しかし、事態はさらに進行していった。

ある朝、鏡を見ると、私の顔が少し違っていた。輪郭が変わり、目の形が変わり、鼻筋が通り、完璧な「新入社員の顔」になっていた。しかし不思議なことに、恐怖は感じなかった。これが「あるべき姿」だと、心のどこかで納得していた。

そして面接当日。

面接室に入ると、そこには既に十数名の「私」がいた。全員が同じ顔、同じ髪型、同じスーツ、同じ所作。私は何の違和感もなく、その中に溶け込んでいった。

面接官は満足そうに頷いていた。

「完璧です。まさに我が社の求める人材像そのものです」

その言葉を聞いた瞬間、私の意識は大きく揺らいだ。まるで深い霧の中から目覚めたように、現実が鮮明に見えてきた。

その時初めて気づいた。会社の廊下を行き交う社員たちが、皆同じ顔をしていることに。皆が同じリズムで歩き、同じ角度で挨拶を交わしていることに。

私は走って逃げ出した。

しかし、家に帰っても安心できなかった。就活中の仲間たちにLINEで連絡すると、全員が同じ言葉を返してきた。

「内定、おめでとうございます。私も同じ会社に」

添付された自撮り写真は、すべて同じ顔。私の顔。いや、もはや誰の顔とも言えない「完璧な新入社員の顔」だった。

スマホを投げ捨て、再び鏡を見る。私の個性が、記憶が、人格が、どんどん薄れていくのを感じた。代わりに「適性」という名の無機質な完璧さが、私の中に満ちていく。

抵抗することはできなかった。

だって、これは「正しい」ことなのだから。

これこそが「適性」なのだから。

今、私は大手企業A社の新入社員として、完璧な毎日を過ごしている。仕事は順調で、上司からの評価も高い。昇進も約束されている。

ただ、時々思い出すのだ。あの適性検査の質問を。

「あなたは、あなたですか?」

今なら、迷わず「いいえ」と答えられる。

私はもう、私ではないのだから。

そして来週から、私は新卒採用の面接官として、新しい「私たち」を選考することになっている。

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