【怖い話】時の沈殿池
私が時間を見る仕事を始めたのは、去年の春からだ。 正確には「下水処理施設の時間沈殿槽の管理」という肩書きだが、実際の業務は違う。私たちが管理しているのは、人々の「捨てた時間」なのだ。 説明が難しいが、例えばこんな具合だ。…
私が時間を見る仕事を始めたのは、去年の春からだ。 正確には「下水処理施設の時間沈殿槽の管理」という肩書きだが、実際の業務は違う。私たちが管理しているのは、人々の「捨てた時間」なのだ。 説明が難しいが、例えばこんな具合だ。…
私は都市社会学を研究する大学院生だ。特に人々の行動パターンに興味があり、街頭での観察調査を日課としていた。しかし、あの交差点での出来事以来、私は人混みを見ることが怖くなった。 それは真夏の昼下がりのことだった。都心の大き…
毎日、私は同じ踏切を通る。 住宅街の端に位置するその踏切は、いつも混んでいた。朝の通勤ラッシュ時には、遮断機が下りるたびに人々がため息をつく。私もその一人だった。 あの日も、いつもと変わらない朝だった。 「また電車か」 …
「この歩道橋、何か変だと思わない?」 友人の真由は、いつも通学路にある古びた歩道橋を指さした。雨上がりの夕方、鉄の骨組みが湿った空気の中で不気味に浮かび上がっていた。 「普通の歩道橋じゃん」と私は答えた。 「でも、渡ると…
最初に気づいたのは、夏木が自分の服がタンスの中で微かに動いていることに気が付いたときだった。 布地がゆっくりと脈打つような動き。呼吸をしているかのように。 タンスを開けたとき、すべての服は完璧に畳まれ、何事もなかったかの…
私の住む町では、毎月第一月曜日の正午に防災サイレンが鳴る。変わることのない日常の一部として、誰もが慣れた音だった。しかし先月の第一月曜日、サイレンは鳴らなかった。 その日、町中が騒然となった。役場に問い合わせる人、故障を…
私の町の郊外にある「永遠遊園地」は、創立百周年を迎えた老舗の遊園地だった。その中心には巨大な時計塔があり、一時間ごとに鐘が鳴り、からくり人形が踊る仕掛けになっていた。 十六歳の夏、私たち五人は肝試しのつもりで閉園後の遊園…
私の祖父は時計技師だった。彼の工房には様々な時計やオルゴールが並び、私は子供の頃からその精密な機械の世界に魅了されていた。 祖父の死後、両親は彼の工房を片付けることにした。そこで見つかったのは、未完成のオルゴールだった。…
私の母は死ぬ前日まで日記を書き続けた。五十年以上、一日も欠かさず。 「人は記憶だけが頼りよ。でも記憶は曖昧。だから日記が必要なの」 葬儀の後、私は母の部屋を整理していた。本棚には年代順に並んだ日記帳が整然と並んでいた。黒…
あれは梅雨が明けた直後のことだった。 七日間雨が降り続けた後、突然訪れた晴天。 その朝、町は変わってしまった。 最初に気づいたのは小学生の女の子だった。通学路の水たまりを見つめ、叫んだ。 「先生!空が…空が下にある!」 …